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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)245号 判決 1994年10月06日

大阪府大阪市浪速区敷津東1丁目2番47号

原告

株式会社 クボタ

同代表者代表取締役

三野重和

同訴訟代理人弁理士

北村修

鈴木崇生

室之園和人

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

同指定代理人

土井清暢

田中英穂

中村友之

関口博

井上元廣

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者が求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成1年審判第6577号事件について平成3年8月15日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

2  被告

主文と同旨の判決。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和57年10月29日、名称を「ゴムクローラ」とする考案(以下「本願考案」という。)について、実用新案登録出願(以下「本願」という。)をし、昭和62年9月4日、出願公告(実公昭62-34864号)されたが、同年10月30日、登録異議の申立てがあり、平成1年1月30日、登録異議の申立ては理由があるとの決定を受け、同日に拒絶査定を受けたので、平成1年4月13日、特許庁に対し、審判を請求した。

特許庁は、同請求を、平成1年審判第6577号事件として審理したが、平成3年8月15日、「本件審判の請求は成り立たない」との審決をし、その謄本は、平成3年9月24日、原告に送達された。

2  本願考案の要旨(別紙図面1参照)

無端帯状のゴム製クローラシュー1に、その長手方向に並べた状態で芯金基部2を埋設し、案内輪に対する左右一対のガイド部3、4を、前記クローラシュー1の内周面から突出する状態で前記芯金基部2夫々に一体連結したゴムクローラであって、鉄クローラ7のシューリンク7aどうしを連結するピン7bに作用する駆動スプロケット8の谷部8aに内嵌させるための略半円柱形状の係合部5を、前記左右ガイド部3、4間に位置する状態で且つ、前記クローラシュー1の内周面から突出する状態で前記芯金基部2夫々に一体連設するとともに、前記左右ガイド部3、4のクローラシュー1長手方向における荷重を受け止め支持する上面の寸法Lを前記芯金基部2のクローラシュー長手方向の寸法よりも広巾にし、下部付け根側の寸法を前記上面の寸法Lよりも巾狭に形成し、前記クローラシュー1の前記係合部5、5間に駆動スプロケット8の山部を入り込ませるための凹部6を形成して、前記係合部5がクローラシュー内周面近くの前記左右ガイド部3、4の巾狭部分に位置するように前記係合部5のクローラシュー1の内周面からの突出量を駆動スプロケット8の谷部8aから山部までの歯タケ寸法より短くしている事を特徴とするゴムクローラ。(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願考案の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)<1>  引用例の記載

実開昭56-39382号公報(甲第3号証、以下「引用例」という。)には、無端帯状のゴム製クローラシューに、その長手方向に並べた状態で芯金基部を埋設し、案内輪に対する左右一対のガイド部を、前記クローラシューの内周面から突出する状態で芯金基部それぞれに一体連結したゴムクローラであって、金属クローラのシューリンクどうしを連結するピンに作用する駆動スプロケットの谷部に内嵌させるための略半円柱形状の係合部を、左右一対のガイド部間に位置する状態で、且つ、前記クローラシューの内周面から突出する状態で芯金基部それぞれに一体連設するとともに、左右一対のガイド部のクローラシュー長手方向における荷重を受け止め支持する上面の寸法を芯金基部のクローラシュー長手方向の寸法と略同巾にし、下部付け根側の寸法を前記上面の寸法と略同巾に形成し、前記クローラシューの略半円柱形状の係合部間に駆動スプロケットの山部を入り込ませるための凹部を形成して、略半円柱形状の係合部がクローラシュー内周面近くの左右一対のガイド部の間に位置するように略半円柱形状の係合部のクローラシューの内周面からの突出量を駆動スプロケットの谷部から山部までの歯タケ寸法よりも短くしたゴムクローラが記載されている(別紙図面2参照)。

<2>  周知事項

例えば、実開昭56-155979号公報(甲第4号証)に記載されているように、ゴムクローラの芯金において、左右一対のガイド部のクローラシュー長手方向における荷重を受け止め支持する上面の寸法を芯金基部のクローラシュー長手方向の寸法よりも広巾にし、下部付け根側の寸法を前記上面の寸法よりも巾狭に形成することは周知であった。

(3)  対比

<1> 一致点

本願考案を引用例記載の考案と比較すると、後者の金属クローラの材質は、通常鉄であるから、両者は、無端帯状のゴム製クローラシューに、その長手方向に並べた状態で芯金基部を埋設し、案内輪に対する左右一対のガイド部を、前記クローラシューの内周面から突出する状態で芯金基部それぞれに一体連結したゴムクローラであって、鉄クローラのシューリンクどうしを連結するピンに作用する駆動スプロケットの谷部に内嵌させるための略半円柱形状の係合部を、左右一対のガイド部間に位置する状態で、且つ、前記クローラシューの内周面から突出する状態で芯金基部それぞれに一体連設するとともに、前記クローラシューの略半円柱形状の係合部間に駆動スプロケットの山部を入り込ませるための凹部を形成して、略半円柱形状の係合部がクローラシュー内周面近くの左右一対のガイド部の間に位置するように略半円柱形状の係合部のクローラシューの内周面からの突出量を駆動スプロケットの谷部から山部までの歯タケ寸法よりも短くしたゴムクローラの構成の点で一致する。

<2> 相違点

(a) 左右一対のガイド部のクローラシュー長手方向における荷重を受け止め支持する上面の寸法(以下「L」という。)と芯金基部のクローラシュー長手方向の寸法(以下「M」という。)と下部付け根側の寸法(以下「N」という。)との長短の関係が、前者は、LがMより広巾で、且つ、NがLより巾狭であるのに対し、後者は、LとMとNとが略同巾である点(相違点1)。

(b) 略半円柱形状の係合部が位置する箇所が、前者は、左右一対のガイド部の巾狭部分であるのに対し、後者は、左右一対のガイド部の間である点(相違点2)。

(4)  判断

まず、相違点1については、ゴムクローラの芯金において、LをMより広巾に、且つ、NをLより巾狭に形成することが、前記のように本願考案の出願前に周知であり、本願考案は、クローラシューのゴム部分に過大な応力が生じることを回避するために、引用例記載の考案に単に周知事項を採用してLとMとNとの長短の関係を改造したものに過ぎない。

次に、相違点2については、略半円柱形状の係合部を左右一対のガイド部のどこに位置させるかは、略半円柱形状の係合部及び駆動スプロケットの歯の強度並びにクローラシューの回動力等を勘案し、力学に立脚して設計することができることであり、本願考案のように構成することに格別の困難性を要しない。

続いて、相違点1と2とにおける本願考案の構成の総合にも、格別の創意工夫を要しない。

また、本願考案は、引用例記載の考案及び周知事項の各固有の効果の総和を越える顕著に卓越した効果を奏するものでない。

(5)  したがって、本願考案は、その出願前に日本国内において頒布された刊行物である引用例に記載された考案及び周知事項に基づいて、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるから、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

4  取消事由

(1)  審決の理由の要点のうち、(1)(本願考案の要旨)は認める。同(2)<1>(引用例の記載)のうち、略半円柱形状の係合部が金属クローラのシューリンクどうしを連結するピンに作用する駆動スプロケットの谷部に内嵌すること及びクローラシューの略半円柱形状の係合部間に駆動スプロケットの山部を入り込ませるための凹部を形成していることが記載されていることは争い、その余は認める。引用例には、略半円柱形状の係合部が金属クローラのシューリンクどうしを連結するピンに作用する駆動スプロケットの谷部に入りこむことが記載されているのみである。同(2)<2>(周知事項)は認める。同(3)(対比)<1>(一致点)のうち、略半円柱形状の係合部がピンに作用する駆動スプロケットの谷部に内嵌させるている点及びクローラシューの略半円柱形状の係合部間に駆動スプロケットの山部を入り込ませるための凹部を形成する点で一致することは争い、その余は認める。同(3)<2>(相違点)は認める。同(4)及び(5)は争う。

(2)  取消事由

審決は引用例の記載内容を誤認した結果、本願考案と引用例記載の考案との一致点を誤認し、相違点を看過し、相違点1、2についての判断を誤り、本願考案の有する顕著な作用効果を看過したため、その判断を誤り、引用例記載の考案及び周知の事項に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたと誤って判断した違法があるから、取り消されるべきである。

<1> 一致点の誤認及び相違点の看過(取消事由1)

(a) 内嵌について

本願考案の構成要件である「駆動スプロケット8の谷部8aに内嵌させるための略半円柱形状の係合部5」における内嵌の意義は、駆動スプロケットの谷の最底部にまではめ込むことであるところ、引用例においては、略半円柱形状の係合部が、駆動スプロケットの谷部に入り込むことが記載されているにすぎない。なんとなれば、引用例には、略半円柱形状の係合部のクローラシューの内周面からの突出量(X)を駆動スプロケットの谷部から山部までの歯タケ寸法(Y)よりも短くしたゴムクローラが記載されており、かつ、後記(b)のとおり、クローラシューの略半円柱形状の係合部間に駆動スプロケットの山部を入り込ませるための凹部が形成されていないものであるから、略半円柱形状の係合部が、駆動スプロケットの谷の最底部にまで達しようがなく、駆動力を得るためには、谷の底部の近辺の側面傾斜部に接するしかないからである。

以上のとおり、引用例には略半円柱形状の係合部が駆動スプロケットの谷部に内嵌することは記載されていない。しかるに、審決は、引用例にはかかる点が記載されていると誤認した結果、かかる点において、本願考案と引用例記載の考案は相違するにもかかわらず、一致するとした審決の認定は誤りである。

(b) 凹部の不存在について

引用例記載の考案には、ゴム製クローラシューのゴム相当位置に、駆動スプロケットの刃部10を入れ込ませる凹部は形成されていない。引用例の第2図及び第3図において、孔として明記されているのは泥抜き孔17、18のみであり、泥抜き孔周辺の凹み部分は、泥を泥抜き孔に誘導するものであり、引用例には、駆動スプロケットの刃部10を入り込ませるための凹部を設けた旨の記載は全くない。しかるに、審決は、引用例にはかかる点が記載されていると誤認した結果、かかる点において、本願考案と引用例記載の考案は相違するにもかかわらず、一致するとした審決の認定は誤りである。

<2> 相違点1についての判断の誤り(取消事由2)

審決の、相違点1について、本願考案は、クローラシューのゴム部分に過大な応力が生じることを回避するために、引用例記載の考案に単に周知事項を採用してLとMとNとの長短の関係を改造したものに過ぎないとの判断は、誤りである。

<3> 相違点2についての判断の誤り(取消事由3)

審決の、相違点2について、略半円柱形状の係合部を左右一対のガイド部のどこに位置させるかは、略半円柱形状の係合部及び駆動スプロケットの歯の強度並びにクローラシューの回動力等を勘案し、力学に立脚して設計することができることであり、本願考案のように構成することに格別の困難性を要しないとの判断は、誤りである。

<4> 顕著な作用効果の看過(取消事由4)

本願考案は、係合部を左右ガイド部の巾狭部分に位置させてあるから、クローラシューのゴム部の中立面を駆動スプロケットの中心側に近づけることができ、駆動スプロケットのピッチ円との間隔を小さくでき、クローラシューが駆動スプロケットの周囲を回るときに、このクローラシューのゴム部の受ける曲げにより生じる応力が小さくなり、長期間使用してもクローラシューのゴム部の傷みが少ないという優れた効果を奏する。

これに対して、引用例に記載された考案においては、略半円柱形状の係合部が位置する箇所が、左右一対のガイド部の巾狭部分ではない(相違点2)ため、上記のような効果は奏し得ない。

そして、本願考案は、クローラシューの係合部間のゴム部に駆動スプロケットの山部を入り込ませるための凹部を形成しており、駆動スプロケットの谷部に略半円柱形状の係合部が内嵌してあるから、駆動スプロケットのピッチサークルとスプロケット外側で曲がっているゴム部の曲がりの中立面との間の距離を小さくし得て、ゴム部に発生する曲げ応力を小さくし得、長期間使用してもクローラシューのゴム部の傷みを少なくして回転させる効果を奏する。

これに対して、引用例に記載された考案においては、クローラシューの係合部間のゴム部に駆動スプロケットの山部を入り込ませるための凹部を形成しておらず、また、係合部をクローラシューの内周面から突出させてあるが、駆動スプロケットの谷部に略半円柱形状の係合部が内嵌していないため、かかる構成で上記のような効果は奏し得ない。

さらに、本願考案は、係合部をクローラシューの内周面から突出させてあるから、駆動スプロケットの山部の間につまり込んでいる土をおしのけて、土を係合部の脇とスプロケットの山部とのすき間から側方に排出しやすくすることができるので、係合部とスプロケットとを確実に噛み合わさせやすいという優れた効果を奏する。

上記のような効果は、周知例にも開示されていない。

以上のとおり、本願考案は、引用例に記載された考案及び周知例に記載された考案から予測できない顕著な作用効果を奏するものである。

しかるに、審決は、本願考案の上記のような顕著な作用効果を看過し、本願考案は、引用例記載の考案及び周知事項の各固有の効果の総和を越える顕著に卓越した効果を奏するものでないと誤って判断した。

第3  請求の原因に対する認否及び主張

1  請求の原因1ないし3は認め、同4の主張は争う。審決の認定判断は正当であり、原告主張の違法はない。

2  被告の主張。

(1)  取消事由1について

<1> 内嵌について

ローラチエン伝動は、ローラとスプロケットとの噛み合い機構上、ローラと噛み合うスプロケットの歯で荷重を分担することを特徴としている。そして、このローラチエン伝動において、ローラチエン用スプロケットの歯形として具備すべき条件は、乙第1号証によれば、次のとおりである。

(a) 適当な圧力角を有すること。

圧力角の値が大きすぎるとローラがすべって歯を乗り越えてしまうし、また小さすぎると歯に大きな荷重を与えることになる。

(b) カミアイあるいはかみはずれ時に干渉しないこと。

(c) 歯形の歯底基円径はローラ径に対して適当な大きさを有すること。

歯底基円径はローラ径よりも幾分大き目でなければならないが、あまり大きすぎるとバックラッシが大となり同時に歯厚が薄くなって強度上不利となる。

(d) 横歯形はチエンと干渉しないように反力Rで逃げること。

(e) 加工が容易であること。

以上の条件を満足する範囲内で、スプロケットの歯形は自由に設計できるものであり、歯車におけるカミアイ機構の厳密な基本的関係といったものはとくに存在しないので、種々な歯形を採用することが可能である。そして、上記(a)及び(c)の条件にあるように、ローラチエン伝動において、ローラはスプロケットの谷部(歯底基円径)に対してぴったりと嵌合するものではなく、緩く嵌合するものであって、駆動時、ローラはスプロケットの山部の側面傾斜部途中にて点接触して駆動力を伝達するものであることは、機械技術において常識的事柄である。

甲第2号証の1の第4図(イ)に示されている駆動スプロケット8と鉄クローラ7のピン7bとの係合による伝動は、ローラチエン伝動であるから、ピン7bは駆動スプロケット8の谷部(歯底基円径)に対して緩く嵌合し、駆動時、各ピン7bはスプロケット8の山部の側面傾斜部途中にてそれぞれ点接触して駆動力を伝達するものである。そして、本願考案は、鉄クローラとゴムクローラの交換に際しての駆動スプロケット交換を不要にする点を目的とし、上記第4図(イ)に示されている駆動スプロケット8と鉄クローラのピン7bとの係合による伝動(ローラチエン伝動)に代えて、第4図(ロ)に示されているような駆動スプロケット8とゴムクローラ1の係合部5との係合による伝動とするものであるから、設計上当然に、係合部5は駆動スプロケット8の谷部(歯底基円径)に対して緩く嵌合し、駆動時、係合部5はスプロケット8の山部の側面傾斜部途中にて点接触して駆動力を伝達するように構成されるものである。

したがって、本願考案の構成要件である「鉄クローラ7のシューリンク7aどうしを連結するピン7bに作用する駆動スプロケット8の谷部8aに内嵌させるための略半円柱形状の係合部5」は、技術的には、「金属クローラのシューリンクどうしを連結するピンに作用する駆動スプロケットの谷部に緩く嵌合させるための略半円柱形状の係合部」を意味するものである。そして、「金属クローラのシューリンクどうしを連結するピンに作用する駆動スプロケットの谷部に緩く嵌合させるための略半円柱形状の係合部」は、引用例に記載されているから、引用例には、駆動スプロケットの谷部に内嵌させるための略半円柱形状の係合部が記載されているとの審決の認定に誤りはなく、上記の点で本願考案と引用例記載の考案とが一致するとした審決の認定に誤りはない。

<2> 凹部の不存在について

引用例の第2図及び第3図には、ゴム製無端帯(クローラシュー)9の隣合う係止部(係合部)15間に駆動輪体(駆動スプロケット)3の山部が入り込む位置にクローラシュー9の内周面より一段下がった状態としての凹部が示されている。そして、上記第2図において、クローラシュー9の係合部15のクローラシュー9の内周面からの突出量(X)は駆動スプロケット3の谷部から山部までの歯タケ寸法(Y-駆動スプロケットの山部の頂部と中心間の距離と、谷部と中心間の距離との差)より短いから、X<Yなる関係を有している。第2図に示されている駆動スプロケット3が時計回りから反時計回りに、あるいはその逆に、回転方向を変える過程において、係合部15の頂部が駆動スプロケット3の谷部近傍に摺接するとき、前記のとおりのX<Yなる関係から、駆動スプロケット3の山部がクローラシュー9の内周面の位置を越えてクローラシュー9の内側へと必ず入り込むことになるため、第2図及び第3図において、クローラシュー9の係合部15間に駆動スプロケット3の山部を入り込ませるための凹部が形成されていないと、駆動スプロケット3の山部がクローラシュー9の内周面に衝突してしまい、駆動スプロケット3の山部でクローラシュー9の内周面等を傷つけてしまうことになるので、駆動スプロケット3が係合部15と噛み合ってその山部が、クローラシュー9の内周面等の他の部材に何ら接触、衝突することなく円滑に回転するためには、第2図において、クローラシュー9の係合部15間に駆動スプロケット3の山部を入り込ませるための凹部が設計上当然に形成されていなければならず、前記一段下がった状態として示されている凹部がこのような機能を有することは明らかである。(なお、第2図及び第3図に示されている、泥抜き17、18は上記凹部とは、何ら関わりはない。)

さらに、引用例の第4図及び第5図にも、クローラシュー9の係合部15間に駆動スプロケット3の山部を入り込ませるための凹部が明確に示されている。

したがって、引用例の第2図ないし第5図には、クローラシュー9の係合部15間に駆動スプロケット3の山部を入り込ませるための凹部が明確に示されているのであって、引用例に記載された考案には、クローラシュー9の係合部15間に駆動スプロケット3の山部を入り込ませるための凹部が形成されていることは明らかである。

よって、引用例には、クローラシューの略半円柱形状の係合部間に駆動スプロケットの山部を入り込ませるための凹部を形成していることが記載されているとの審決の認定に誤りはなく、上記の点で本願考案と引用例記載の考案とが一致するとした審決の認定に誤りはない。

(2)  取消事由2ないし4について

本願考案において、ゴムクローラは、駆動スプロケット8及び案内輪9を金属クローラと共有することから、略半円柱形状の係合部5の頂部の位置、曲率半径R、各係合部5間のピッチP、案内輪9の小径部9bの下端位置によってそれと接触するガイド部3、4の上面の位置、そして駆動スプロケット8との関係からガイド部3、4の上面寸法Lの最大値及びガイド部3、4どうしの間隔Dの最小値、ガイド部3、4の上面と係合部5の頂部との距離は、予め必然的に決まってしまう。しかも、明細書において、ガイド部3、4の広巾部分と巾狭部分との高さ方向の関連構成について何も記載されておらず、かつ係合部5がクローラシュー1の内周面近くのガイド部3、4の巾狭部分に位置するようにしたことによる作用効果も明らかにされていない。したがって、本願考案において、係合部5をクローラシュー1の内周面近くのガイド部3、4の巾狭部分に位置させたことに、格別の技術的意義があるとはいえないから、引用例に記載された考案に周知事項を採用した構成であっても、相違点1、2にかかわらず、本願考案と実質的に同じ作用効果を奏するものである。

よって、相違点1及び2についての審決の判断に誤りはなく、本願考案の作用効果は、引用例記載の考案及び周知事項の各固有の効果の総和を越える顕著に卓越した効果を奏するものとは認められないとした審決の判断にも誤りはない。

第4  証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立についてはいずれも当事者間に争いがない。)。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願考案の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いはない。

2  本願考案の概要

甲第2号証の2ないし4(昭和63年6月24日付け手続補正書、平成元年5月15日付け手続補正書、実公昭62-34864号公報、以下総称して「本願明細書」という。)には、「本考案は、無端帯状のゴム製クローラシューに、その長手方向に並べた状態で芯金基部を埋設し、案内輪に対する左右一対のガイド部を、前記クローラシューの内周面から突出する状態で前記芯金基部夫々に一体連設したゴムクローラ、詳しくは、作業車の使用状態に応じて鉄クローラに代えて使用するゴムクローラに関する。」(同号証の4、1欄14行ないし20行)、「本考案の目的は、ゴムクローラに簡単な改造を加えるだけで、鉄クローラとゴムクローラの交換に際しての駆動スプロケット交換を不要にする点にある。」(同号証の4、2欄11行ないし14行)、「鉄クローラ用駆動スプロケットの咬合が円滑確実に行われるように略半円柱形状に形成した係合部を備えさせるだけの極めて簡単な改造でもって、鉄クローラに代えてゴムクローラを作業車に取り付けるに、駆動スプロケットを交換することなくそのまま利用でき、その結果、クローラの交換作業を容易迅速に行えるとともに、交換用スプロケットに起因する経費面での負担や保管及び運搬面でのわずらわしさを無くすことができた。そして、芯金基部に一体連設されたガイド部のクローラシュー長手方向における上面の寸法を芯金基部のクローラシュー長手方向の寸法よりも広巾にしてあるので、案内輪や駆動スプロケットに対してクローラシューが外れることがなく確実に案内されるとともに、左右ガイド部のクローラシューの長手方向の下部付け根側の寸法が前記上面の寸法よりも巾狭に形成してあるので、クローラシューが駆動スプロケットの周りを回動しているときに、下位に位置する左右ガイド部の前記上面によって荷重を良好かつ確実に支持できるとともに、ガイド部よりも回動半径の大きいクローラシューがスムーズに回動し、またガイド部付け根のクローラシューのゴム部分に過大な応力がかかることがないので金属部分に対するゴムの離れや長期使用による疲労によるゴムの破損も少なく長期間にわたって良好に使用することができる利点がある。また、例えば、駆動スプロケットと噛み合う係合部を案内輪の荷重を受ける前記左右ガイド部の上面近くに設けた場合は、クローラシューが駆動スプロケットの周りを回動するときに、スプロケットの外方に位置するクローラシューのゴム部分に過大な引張応力がかかったり、係合部と芯金基部との距離が長くなることから、スプロケットの駆動力により芯金基部がこじれたりしてクローラシューのゴム部分に過大な応力がかかってクローラシューが早期に破損する虞れがあり、また、係合部をクローラシューの内周面より下方のゴムの厚さ内に位置させると、ゴム部分には大きな応力がかかることを回避できるが、案内輪の荷重を受ける左右ガイド部の隣り合う広巾部分間の間隔を狭く形成した場合はクローラシューが駆動スプロケットの周りを回動するときに係合部よりも回動中心側に位置する隣り合う広巾部分どうしが干渉してこれが原因で芯金基部にこじれが生じる虞れがあり、また、これを回避すべく、広巾部分の長さを短くして隣り合う広巾部分間の間隔を広くすると案内輪がその隙間に嵌まりんで(嵌まりこんで)スムーズに回動できなくなるので、これに対して、本考案の構成においては、駆動スプロケットと噛み合う係合部をクローラシューの内周面近くの左右ガイド部における巾狭部分に位置するようにクローラシュー内周面から突出させてあるので、係合部からクローラシューのゴム部分まで大きく離れず、また係合部から左右ガイド部上面の広巾部分までの距離も比較的近い距離にあるから、左右ガイド部の基部が巾狭であることと相俟ってクローラシューのゴム部分に過大な応力が加わることを回避しながら、しかも案内輪を支持するガイド部上面を長くして、隣り合う広巾部分どうしの干渉をさけながらその間の隙間を狭くすることができ、これによってクローラシューをスムーズに回動させることができるに至った。」(同号証の4、2欄23行ないし3欄2行、同号証の3、3頁12行ないし6頁16行)との記載があることが認められる。

3  引用例記載の考案の概要

(1)  甲第3号証(実開昭56-39382号公報、引用例)によれば、引用例に記載された考案は、「クローラ走行装置に関する。上記装置におけるクローラとしては、金属製のものとゴム製のものがあり、…一長一短であった。ところが、金属クローラを備えるものとゴムクローラを備えるものでは、その走行装置における駆動輪体の刃部形状が異なっていて、従来では、両クローラを適宜付け換える事ができず、そこで、1台の走行装置で推進面にも優れ、かつ、舗装面での作業走行をも行えるようにするために、例えば、金属クローラを構成するプレート夫々の表面にゴム体を着脱できるようにする等している。しかし、走行条件が異なるたびに、多数のゴム体を着脱しなければならず、極めて面倒なものであった。」(明細書2頁3行ないし20行)、同考案は上記の点に鑑み、「同一案内及び駆動輪体(3)、(4)、(5)に対して、金属クローラ(6)及びゴムクローラ(7)を選択装着自在に構成してあることを特徴とするクローラ走行装置(同1頁5行ないし8行)」を提供するものであり、「クローラに合理的な改良を施して、クローラ全体を付け換えられるようにし、走行条件の変化夫々に応じた走行形態をとらせるための操作を簡単にできるようにする事を目的」(同3頁1行ないし5行)とし、「本考案としては、例えば、金属クローラにおいて、その長手方向に、ゴムクローラを巻回するための駆動輪体に周方向に所定間隔をへだてて形成した係合刃部のピッチに相当する間隔をへだてた状態で、左右リンクにわたらせて接当係止部を突設し、ゴムクローラに対する輪体のスプロケット刃部を隣り合う係止部間に嵌入すると共に一方の係止部に接当させるようにしても良く、要するに、ゴムクローラ(7)を、本来的に金属クローラ(6)を巻回するための輪体(3)、(4)、(5)・・に巻回可能に、あるいは、金属クローラを、本来的にゴムクローラを巻回するための輪体に巻回可能に構成するものであれば良い。」(明細書5頁15行ないし6頁8行)ものであることが認められる。

(2)  前記審決の理由の要点に徴すると、審決は、引用例に記載された実施例を含む当該考案の技術的思想を、引用例記載の考案として、本願考案と対比したものと認められる。そして、引用例(甲第3号証)には、第2図及び第3図に示される実施例(以下「実施例1」という。)と、第4図及び第5図に示される別の実施例(以下「実施例2」という。)の二つが記載されている。

4  審決の取消事由について検討する。

(1)  取消事由1(一致点の誤認及び相違点の看過)について

<1>  内嵌について

原告は、本願考案の構成要件である「駆動スプロケット8の谷部8aに内嵌させるための略半円柱形状の係合部5」における内嵌の意義は、駆動スプロケットの谷部の最底部にまではめ込むことであるところ、引用例に記載された考案の係止部は最底部まで達しておらず、谷部の側面傾斜部に接しているだけであり、到底内嵌とはいえないと主張する。

本願明細書によれば、本願考案の構成要件である「内嵌」の意義は本願の実用新案登録請求の範囲の記載からは一義的に明らかでなく、考案の詳細な説明の項においても、「内嵌」の定義に関する記載はない。そうすると、「内嵌」の意義の解釈は、本願明細書の記載から、当業者が「内嵌」の意義をどのように解するかによって決まるものと解される。

乙第1号証(歯車便覧 歯車便覧編集委員会編 日刊工業社 昭和37年11月30日発行)によれば、ローラチエン伝動の一般的な形式は、1組のスプロケットと1本のローラチエンよりなり、これは内歯車の関係に相当する(566頁下から7行ないし4行)こと、ローラチエンの構造は大きく分けてローラリンクとピンリンクの2つの部分よりなっている(567頁3行ないし4行)こと、ローラチエン伝動の特徴の1つとして、スプロケットとのカミアイ機構上多数の歯で荷重を分担するので歯の強度に特別の考慮を払う必要はないことが挙げられている(567頁16行ないし20行)こと、ローラチエン用スプロケットの歯形を形成するときに、(a)適当な圧力角を有すること(チエンに張力がかかったとき、ローラとスプロケットの歯は点で接触した状態で噛み合い、釣り合うが、このときの圧力角の値が大きすぎるとローラがすべって歯を乗り越えてしまうし、また小さすぎると歯に大きな荷重を与えることになるので、適当な圧力角の値が必要である。)、(b)カミアイあるいはかみはずれ時に干渉しないこと、(c)歯形の歯底基円径はローラ径に対して適当な大きさを有すること(歯形の歯底基円径はローラ径よりも幾分大き目でなければならないが、あまり大きすぎるとバックラッシが大となり同時に歯厚が薄くなって強度上不利となる。)等の条件を満足させることが必要であるが、以上の条件を満足する範囲内で、スプロケットの歯形は自由に設計できるものであること、すなわち、歯車におけるごときカミアイ機構の厳密な基本的関係といったものはとくに存在せず、以上の条件を満足する範囲内で、種々な歯形を採用することが可能である(570頁ないし571頁)ことが記載されている。

上記によれば、ローラチエンにおいて、適正な駆動力を伝達しようとするならば、当然にスプロケットの歯形の歯底基円径とローラ径は適正な範囲に決められ、ローラとスプロケットの歯は点で接触した状態で噛み合い、釣り合うことが必要であるが、いかなる位置で両者が点接触するかは、スプロケットの歯形の歯底基円径とローラ径との関連で定まるものであること、点接触する位置によって、圧力角の値が大きすぎるとローラがすべって歯を乗り越えてしまうし、また小さすぎると歯に大きな荷重を与えることになるから、適正な径のローラと適正な歯底基円径のスプロケットの歯形が適正な駆動力を伝達する圧力角を有する点接触の位置を持つよう噛み合う状態になるように設計されることが当然であるが、かかる点接触の位置が駆動スプロケットの谷部の最底部にのみ存するとまでは認めるに足りる証拠はなく、さらに、噛み合う状態が動かない部材どうしの組合せにおけるようにピッタリ嵌合する(面接触)状態は点接触によって駆動力の伝達をするスプロケットの歯とローラとの接触ではあり得ないものであると認められる。

しかして、前記2判示の本願明細書の記載によれば、本願考案は、実用新案登録請求の範囲記載の構成を採用することにより、鉄クローラ(ローラチエンの一種であると認める。)用駆動スプロケットの咬合が円滑確実に行われるように略半円柱形状に形成した係合部を備えさせるだけの極めて簡単な改造でもって、鉄クローラに代えてゴムクローラを作業車に取り付けるために、駆動スプロケットを交換することなくそのまま利用できるよう構成されているものと認められるから、駆動スプロケットとゴムクローラとのカミアイ機構は、鉄クローラすなわち上記のローラチエンのカミアイ機構と同様に設計されるものと解される。したがって、本願考案において、駆動スプロケットとゴムクローラとは、ピッタリ嵌合することなく、適正な駆動力を伝達する圧力角を有する点接触の位置を持つよう噛み合う構成を前提としていると認められ、本願考案の「駆動スプロケット8の谷部8aに内嵌させるための略半円柱形状の係合部5」との構成は、当業者であれば、「略半円柱形状の係合部5は駆動スプロケット8の谷部8aに適正な駆動力を伝達する圧力角を有する点接触の位置を持つよう噛み合う」構成であると解するものと認められる。また、前記のとおり、かかる点接触の位置が駆動スプロケットの谷部の最底部にのみ存すると認められる証拠はないから、「内嵌」とは、「駆動スプロケットの谷部の最底部にまではめ込むことである」との原告の主張は採用できない。

しかるところ、前記3(1)判示の引用例の記載によれば、引用例記載の考案は、同一駆動輪体(スプロケット)に対して、金属クローラ及びゴムクローラを選択装着自在に構成してあることを特徴とするクローラ走行装置と認あられるから、同一駆動輪体(駆動スプロケットと認める。)とゴムクローラとは、適正な駆動力を伝達する圧力角を有する点接触の位置を持つよう噛み合う構成となっているものと認められる。このことは、引用例に「隣り合う係止部(15)、(15)間にスプロケット刃部(10)を嵌入する」(甲第3号証4頁12行ないし13行)という記載があることからも明らかである。

したがって、「駆動スプロケットの谷部に内嵌させるための略半円柱形状の係合部」の構成を有している点で本願考案と引用例記載の考案とが一致するとした審決の認定に誤りはない。

なお、原告は、引用例記載の考案のゴムクローラは、略半円柱形状の係合部のクローラシューの内周面からの突出量(X)を駆動スプロケットの谷部から山部までの歯タケ寸法(Y)よりも短い(当事者間に争いがない。)にもかかわらず、クローラシューの略半円柱形状の係合部間に駆動スプロケットの山部を入り込ませるための凹部が形成されていないものであるから、略半円柱形状の係合部が、駆動スプロケットの谷の最底部にまで達しようがなく、駆動力を得るためには、谷の底部の近辺の側面傾斜部に接するしかないから、引用例に記載された考案の係合部は駆動スプロケットの谷部に「内嵌」していないと主張する。

しかしながら、原告の上記主張は、「内嵌」についての原告独自の主張を前提とするものであり、「内嵌」の意義が上記のとおりであると認められる以上、失当である。

<2>  凹部の不存在について

原告は、引用例記載の考案には、ゴム製クローラシューのゴム相当位置に、駆動スプロケットの刃部10を入れ込ませる凹部は形成されていない旨主張する。

引用例の実施例1に関する第2図及び第3図に、ゴムクローラの係止部15の間に一方の係止部の横に偏って近接し、かつ突起部の幅内に、ゴムクローラの内周面より僅かの段差のある凹みが形成されていることが示されているが、上記凹み自体については明細書中に何ら記載がない。

被告は、上記凹みが駆動スプロケットの山部を入り込ませる凹部として示されていると主張するが、上記凹みはゴムクローラの内周面より僅かの段差で形成されていること、及び、スプロケットが正逆転することからして、駆動スプロケットの山部を入り込ませる凹部であるなら、当然係止部間のほぼ中央部に形成されなければならないにもかかわらず、上記のとおり、一方の係止部の横に偏って近接し、かつ突起部の幅内に形成されていることからして、第2図及び第3図に示された凹みは、駆動スプロケットの山部を入り込ませる凹部とは認められない。

しかしながら、実施例2に関する第5図には、スプロケット刃部10が係止部の突出先端側に形成された円曲面部分19間でゴムクローラの内周面より内側に入り込んでいることが示されていると認められるから、ゴムクローラにスプロケット刃部が入り込む凹部が形成されていると解される。

もっとも、実施例2に関する第5図には、係止部である円曲面部分19はクローラシューの内周面より突出する状態で設けられていないものと認められ、この点において実施例1に関する第2図とは差異があるが、前記<1>のとおり、引用例に記載された考案は、同一駆動輪体(駆動スプロケット)に対して、金属クローラ及びゴムクローラを選択装着自在に構成してあることを特徴とするクローラ走行装置であり、同一駆動輪体(駆動スプロケット)とゴムクローラとは、適正な駆動力を伝達する圧力角を有する点接触の位置を持つよう噛み合う構成となっていることが前提となっているのであるから、駆動スプロケットの谷部から山部までの歯タケ寸法が係止部のクローラシューの内周面からの突出量よりも長い場合において、適正な駆動力を伝達する圧力角を有する点接触の位置によっては、係合部間に駆動スプロケットの山部が入り込むための凹部が必要となることは明らかである。したがって、第2図及び第3図と第5図をみた当業者であれば、引用例に記載された考案を、係止部である円曲面部分がクローラシューの内周面より突出する状態で設けられ、かつ、適正な駆動力を伝達する圧力角を有する点接触の位置を持つような噛み合いになるように凹部が形成される場合があるものとして解釈すると認められるから、本願考案と引用例記載の考案とは、駆動スプロケットの山部を入り込ませる凹部の存在について何ら実質的には相違しないものと認められる。

なお、引用例の第2図には、係止部(係合部)15がスプロケットの側面傾斜部に留まっているように記載されているが、実用新案登録出願に関する図面は、原則として製図法に従って作成したものでなければならない(実用新案法施行規則((様式4))4)が設計図面のように縮尺を守って寸法を記入することまで要求されていないから、願書添付の図面において、各構成部材どうしの大きさの比率やそれらの位置関係が正確に描かれているとはかぎらないので、当業者は、図面の記載において、各構成部材どうしの大きさの比率やそれらの位置関係が必ずしも正確に描かれていないことを参酌して図面を解釈するものである。したがって、引用例の第2図を見て、当業者が、引用例記載の考案の係止部15がスプロケットの側面傾斜部に留まり、底部に接触することはなく、係合部間に駆動スプロケットの山部が入り込むための凹部が必要となる場合はないと限定して解するものとは認められない。

よって、クローラシューの略半円柱形状の係合部間に駆動スプロケットを入り込ませる凹部を形成した点において、本願考案と引用例記載の考案とが一致するとした審決の認定に誤りはない。

(2)  取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について

甲第4号証(実開昭56-155979号公報、周知例)に記載された、「ゴムクローラの芯金において、左右一対のガイド部のクローラシュー長手方向における荷重を受け止め支持する上面の寸法(L)を芯金基部のクローラシュー長手方向の寸法(M)よりも広巾にし、下部付け根側の寸法(N)を前記上面の寸法よりも巾狭に形成すること」が周知であることは当事者間に争いがない。

前記2判示の本願明細書の記載によれば、本願考案の「左右ガイド部3、4のクローラシュー1長手方向における荷重を受け止め支持する上面の寸法Lを前記芯金基部2のクローラシュー長手方向の寸法よりも広巾にし、下部付け根側の寸法を前記上面の寸法Lよりも巾狭に形成」する構成により、<1>案内輪や駆動スプロケットに対してクローラシューが外れることがなく確実に案内される、<2>クローラシューが駆動スプロケットの周りを回動しているときに、下位に位置する左右ガイド部の前記上面によって荷重を良好かつ確実に支持できるという作用効果を奏するものと認められる。しかるところ、<1>及び<2>の作用効果は、上記甲第4号証に記載された周知の構成から当業者であれば、当然予測できるものであるから、引用例記載の考案のLとMとNとが略同巾である構成において、<1>及び<2>の作用効果を奏する甲第4号証記載の周知の構成を転用することに格別の困難性は認められない。

したがって、審決の相違点1についての判断に誤りはなく、原告のこの点についての主張は理由がない。

なお、前記2判示の本願明細書の記載によれば、上記<1>及び<2>の作用効果の記述に引き続いて、<3>ガイド部よりも回動半径の大きいクローラシューがスムーズに回動し、ガイド部付け根のクローラシューのゴム部分に過大な応力がかかることがないので金属部分に対するゴムの離れや長期使用による疲労によるゴムの破損も少なく長期間にわたって良好に使用することができ、また、駆動スプロケットと噛み合う係合部を案内輪の荷重を受ける前記左右ガイド部の上面近くに設けた場合に、駆動スプロケットと噛み合う係合部をクローラシューの内周面近くの左右ガイド部における巾狭部分に位置するようにクローラシュー内周面から突出させてあるので、係合部からクローラシューのゴム部分まで大きく離れず、また係合部から左右ガイド部上面の広巾部分までの距離も比較的近い距離にあるから、左右ガイド部の基部が巾狭であることと相俟ってクローラシューのゴム部分に過大な応力が加わることを回避しながら、しかも案内輪を支持するガイド部上面を長くして、隣り合う広巾部分どうしの干渉をさけながらその間の隙間を狭くすることができ、これによってクローラシューをスムーズに回動させることができる旨の作用効果が記載されていることが認められるが、本願考案のかかる作用効果は、後記(3)のとおり、クローラシューのゴム部の中立面と駆動スプロケットのピッチ円との間隔を小さくすることによるものであって、上記L、M、Nの広狭関係に本質的には依存していないものと認められるから、本願考案の上記構成を採用することの困難性の判断に影響を及ぼすものではない。

(3)  取消事由3(相違点2についての判断の誤り)について

本願考案及び引用例記載の考案のようなゴムクローラにおいて、クローラシューのゴム部の中立面と駆動スプロケットのピッチ円との間隔を小さくすれば、クローラシューのゴム部分に生じる応力を軽減できることは、明らかであるところ、本願考案の実用新案登録請求の範囲記載の「前記クローラシュー1の前記係合部5、5間に駆動スプロケット8の山部を入り込ませるための凹部6を形成して、前記係合部5がクローラシュー内周面近くの前記左右ガイド部3、4の巾狭部分に位置するように前記係合部5のクローラシュー1の内周面からの突出量を駆動スプロケット8の谷部8aから山部までの歯タケ寸法より短くしている」構成によって、駆動スプロケットのピッチ円とクローラシューの中立面との距離を小さくして、過大な応力が生じないようにする効果を達成しているものと認められる。そして本願考案において、略半円柱形状の係合部が位置する箇所が、左右一対のガイド部の巾狭部分であることの技術的意義は、係合部の内周面からの突出量を少なくする、すなわち、ガイド部の広巾部分に達する程にまで係合部の内周面からの突出量を高くしないようにして、駆動スプロケットのピッチ円とクローラシューの中立面との距離を小さくして、クローラシューのゴム部分に過大な応力が生じないようにすることにあるものと認められる。本願考案において、係合部を左右ガイド部の巾狭部分に位置させてあるから、クローラシューのゴム部の中立面を駆動スプロケットの中心側に近づけることができ、駆動スプロケットのピッチ円との間隔を小さくでき、クローラシューが駆動スプロケットの周囲を回るときに、このクローラシューのゴム部の受ける曲げにより生じる応力が小さくなることは原告も認めるところである。

しかして、引用例の第2図によれば、引用例記載の考案において、係合部の内周面からの突出量がガイド部の高さとほぼ同じ高さまで達しており、クローラシューのゴム部の中立面と駆動スプロケットのピッチ円との距離が、駆動スプロケットの径方向で離れるものであるものと認められる。これに対して、引用例の第5図によれば、引用例記載の実施例2においては、前記のとおり、係合部は、突出しておらず、その高さはクローラシューの内周面と同一平面程度の高さであり、クローラシューのゴム部の中立面と駆動スプロケットのピッチ円との距離は、駆動スプロケットの径方向でそれほど離れないものである。そうすると、引用例には、係止部の位置を変えることにより、クローラシューのゴム部の中立面と駆動スプロケットのピッチ円との距離は、駆動スプロケットの径方向で変えることができることが示唆されているものと認められる。しかるところ、上記のとおり、本願考案及び引用例記載の考案のようなゴムクローラにおいて、駆動スプロケットのピッチ円とクローラシューの中立面との距離を小さくすれば、クローラシューのゴム部分に生じる応力を軽減できることは、明らかであるから、当業者であれば、引用例の第2図及び第5図を勘案して、本願考案のような、略半円柱形状の係合部を左右一対のガイド部の巾狭部分に位置させるようにすることは、格別困難でないと認められる。

したがって、審決の相違点2についての判断に誤りはなく、原告のこの点についての主張は理由がない。

(4)  取消事由4(顕著な作用効果の看過)について

原告は、引用例記載の考案は、略半円柱形状の係合部が位置する箇所が、左右一対のガイド部の巾狭部分ではないから、本願考案のような、クローラシューのゴム部の中立面を駆動スプロケットの中心側に近づけることができ、駆動スプロケットのピッチ円との間隔を小さくでき、クローラシューが駆動スプロケットの周囲を回るときに、このクローラシューのゴム部の受ける曲げにより生じる応力が小さくなり、長期間使用してもクローラシューのゴム部の傷みが少ないという効果を奏しないと主張する。

しかしながら、前記(3)のとおり、引用例の第2図及び第5図から、係止部の位置を変えることにより、クローラシューのゴム部の中立面と駆動スプロケットのピッチ円との距離は、駆動スプロケットの径方向で変えることができることが示唆されているところ、かかる距離が径方向で離れないほど、クローラシューのゴム部の受ける曲げにより生じる応力が小さくなり、長期間使用してもクローラシューのゴム部の傷みが少ないという効果は当然期待できるものである。

引用例記載の考案には、凹部が形成されておらず、スプロケットの谷部に略半円柱形状の係合部が内嵌してないことを前提とする原告の主張に理由のないことは、前記(1)のとおりであるから、かかる構成によって奏する作用効果は格別顕著なものでないことは明らかである。

次に、原告は、本願考案は、係合部をクローラシューの内周面から突出させてあるから、駆動スプロケットの山部の間につまり込んでいる土をおしのけて、土を係合部の脇とスプロケットの山部とのすき間から側方に排出しやすくすることができるので、係合部とスプロケットとを確実に噛み合わさせやすいという優れた効果を奏すると主張する。

しかしながら、引用例記載の考案においても、係止部はクローラシューの内周面から突出しており、本願考案の係合部と同様の効果を奏するものと解される。なるほど、本願明細書の第2図に記載された実施例では、左右ガイド部は略T字形をしており、Tの横棒部分が広巾部分となり、縦棒部分が巾狭部分となって、係合部が縦棒部分に位置し、ガイド部の下部付け根間は広く空いているので、駆動スプロケットの山部の間につまり込んでいる土をおしのけて、土を係合部の脇とスプロケットの山部とのすき間から側方に排出しやすい構成となっていると認められるが、本願明細書には、広巾部分と巾狭部分との広狭の関連構成及び高さ方向の関連構成について何も記載はなく、さらに、係合部の突出部分の巾がガイド部の巾狭部分の巾と略同巾であるとの記載もない。したがって、本願考案の構成において、ガイド部の広巾部分と巾狭部分との広狭の差が余りなく、係合部の突出部分の巾がガイド部の巾狭部分の巾よりかなり狭い場合には、引用例記載の考案の構成と比べて、土を排出する効果において、格別の差異はないと認められる。

よって、原告の本願考案の奏する作用効果の顕著性の主張はいずれも理由がなく、審決のこの点についての判断に誤りはない。

5  以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、審決に取り消すべき違法はない。

よって、原告の本訴請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)

別紙図面1

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別紙図面2

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